有家(ありえ)町ってこんな所
なお、平成18年3月31日に合併により南島原市有家町になりました。

◇まちの人口
 人 口  9598人 前月比(+6)
  男   4534人    (+2)
  女   5064人    (+4)
 世帯数  2905世帯   (+2)
 (2001・6・1現在)

◇有家町のあらまし
 雲仙山麓に位置した温暖にして風光明媚な町で、人情味豊かな土地柄であります。
絶景の俵石(たわらいし)展望所は雲仙〜島原間にあり、不知火(しらぬい)海、有
明海、遠くは阿蘇山を眺望できます。また、そうめん流し、キャンプが出来る鮎帰り
の滝、自然が楽しめる三又(みまた)公園。さらにキリシタンゆかりの地にふさわし
く遺跡、古墳等が数多く点在しており歴史的にも必見の価値があります。特産物は伝
統ある手延べそうめんを始め、雲仙山系の清水で地酒、味噌、醤油やシメジが作られ
ます。また、温暖の地にふさわしく、日本一味の良い梨(^^;、消費者の嗜好にマッチした
ハウスミカン等、ふるさとの香り高い地場産物が数多くあります。

◇有家町の特産品
手延べそうめん、手延べうどん、果物(梨、ミカン、ハウスイチゴ)、キノコ、
かまぼこ、ちくわ、味噌、醤油、地酒、とらまき

◇島原手延べそうめんの由来
島原半島有家、西有家地方に長崎県特産の手延べ素麺が始められたのは寛永14年
(1637)頃、幕府の重税とキリスト教禁教に反抗し住民が天草四郎の元に集まり島原
の乱を起こした。この乱により殆ど無人化してしまった島原南部地方の農村を復興す
べく徳川幕府により強制移民の策がとられた(瀬戸内海小豆島近辺からだと言われて
いる)。雲仙山麓は良質の小麦がとれ、素麺に適した地である事に目を付け本場中国
より手法を会得。このころより手延べ素麺が作られ始めた。良質の小麦で作り上げら
れた味は評判良く、こつこつと続けられていった。今では長崎県の特産品、島原手延
べ素麺として名声を高めて、九州はもとより全国に知られるようになった。意外と知
られていないが、奈良の三輪素麺ブランドは、島原半島産(特に有家、西有家)の素
麺がかなりの割合を占めている。

◆有家町内の観光名所

■俵石展望所
付近一帯は、常緑の松、杉、檜や四季折々に風情を見せる楓、ツツジ、萩等の草木が
色とりどりに美しく、また九十九島秩父が浦公園、島原半島南半を眺望できる絶景の
地で、長崎県新観光百選の一つである。

■有家俵石自然運動公園sportspark.jpg
北に平成新山、南に有明海を眺望できる場所に、ヒカン桜、ソメイヨシノ、八重桜が
植えられ長期間楽しめます。夜桜も楽しめます。アスレチック、草スキー、ローラー
スケートなどの遊具もあります。駐車場、トイレ完備。雲仙から車で15分。

■妙香古墳と石人(有家猿石)
横穴敷石囲い状の古墳で古墳時代後期のものと言われている。特に本町の石人は、韓
国慶北の弥勒寺の石造物(猿石)と類似している事から「有家猿石」と呼ばれている。

■有家セミナリヨ跡seminariyo.jpg
当時銅版印刷機で版画書籍を製造し、キリスト教の教北宣伝に努めた。

■キリシタン史跡公園
有家町には現在33機のキリシタン墓碑が確認されている。天正年間「キリスト教布教
第二管轄区」が置かれ、2つの大きな教会があり、住民は全員信徒であった。しかし、
その前に仏教の都として栄えたので、仏教遺跡とキリシタン遺跡の混在するところで
歴史的に意義深いものがあり、原城を偲ぶ350年債の記念行事として設定された公園
である。

■専念寺と槇の木makinokijpg
島原の乱後藩主として着任した高力摂津守忠房が伽藍建立(1645年)した折に手植し
た槇と伝えられる。ラカンマキでは日本一と認定された(平成7年)

■鮎帰りの滝ayugaeri.jpg
高さ13.7m、幅1.7mの白糸式の滝。この滝の特徴は、巨大な岩(広さ2000坪と言わ
れる)一枚が滝の上に覆い被さっていることです。夏になると、避暑客が多く訪れる
ほか、ソーメン流しで賑わいます。

■殿様道路(下往還)tonosamaload.jpg
島原城大手門を起点とする南目方面の一部。石畳が当時を偲ばせる。

有家町の位置(平成18年3月31日に深江町から加津佐までの南部八町が合併して南島原市になりました)

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